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美しい鹿の死

今夏は試験が終わってすぐに読んだのが「羊皮紙に眠る文字たち―スラヴ言語文化入門」だったせいもあり、スラヴものばかり読んで夏が終わった。
その中(といっても数冊しか読んでいない)で一番良かったのが、この「美しい鹿の死」という本。著者はチェコのオタ・パヴェルである。
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内容はオタ・パヴェルの個人的なアンソロジーであり、第二次世界大戦前から戦後にかけて、ユダヤ人である自分の父親(および家族)のことを綴った短編集である。
タイトルロールの「美しい鹿の死」は強制収容所に送られることになった自分の息子達に肉を食べさせたい一心で、見つかれば銃殺になるのを覚悟で鹿を撃ちに行く父親…という内容なのだが、淡々とした中にアイロニーや乾いたユーモアが漂い、楽しく?かつしみじみと読めてしまうのだ。これが日本人の筆だと「戦争に巻き込まれた、かわいそうな家族の物語」になるのじゃないかと思うのだが。このほかの作品も、「ユダヤの肝っ玉おやじ」的な父親像(しかし詰めの甘さに笑わされる)があちこちにさりげなく見られ、「作者の個人ネタ」が嫌いな私もあっさり読めてしまった。この辺の乾いた雰囲気は、チャペックに共通するものがあるんじゃないかという感じがする。
ロシアの作家であるセルゲイ・ドヴラートフの短編集も2冊ほど読んだが、こちらも作者の個人ネタが多く、ちょっとイマイチ。なんか冗長なんだよね、短編集なのに。パヴェルは文章もすばらしく、ピリッとして引き締まった文章が続く。しかし文章がすばらしいかどうかは、翻訳者の腕にもよるんだよなあ。

昔ちょこっと文芸翻訳をかじったことがあったが、そのとき得た結論は「文芸作品は原語で読んでなんぼ」であった。英語はともかく、他の言語は文芸作品を堪能するほどマスターできるわけが無いので、翻訳者に依存しているわけだが、それ故パヴェルの文章が気に入ったのは翻訳者が千野栄一氏だから?とつい穿った見方をしたりもする。
しかしネットサーフしていたら「オリジナル・テキストはチェコ語で読むと、大変味わい深い作品である。しかし日本語になると一気に読める代わりに、余韻みたいものが味わえない」というお言葉があった。日本語訳でも喜んで読んでいたのに、原語はもっと素敵な文章なのか。やはり死ぬまでにチェコ語を読めるようになって、クンデラとこの本とを味わいたいものよ。

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