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2006年09月28日

金沢犀星まつり

先週の土曜日のこと。土曜日の朝の恒例行事である河川敷ランニングをしていたところ、何やらイベントものの設営をしている人たちを発見。家へ帰ってローカルニュースを見ると、どうやら河川敷で「金沢犀星まつり」なるものが行われるらしい。さほど興味は無いが、おそろしくすっきりさわやかな日なので河川敷をぶらぶらもよかろう、とカメラを片手に行ってきた。

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河川敷には屋台がたくさん出ている。人出も少なすぎず、多すぎずといった感じで、なかなか雰囲気がよろしい。これが東京だと、人であふれるんだよなあ・・・。
ステージでは、いろんな催し物がある。私が行ったときにはラジオ番組の生中継をやっていたが、伝統芸能(西茶屋街の芸者衆の踊り他)、篠笛・琴・三味線などが演奏される時間帯もあるらしい。うーん、そういう時間に行けばよかった。芸者の芸なんて、なかなか生で見る機会が無いからねえ。
ちなみに金沢を流れるもうひとつの川(浅野川)では、5月に「浅の川園遊会」なるイヴェントが開催され、こちらでは東茶屋街の芸者衆の芸を見ることができる。それに対抗して、「金沢犀星まつり」を始めたのだろうか。

さて屋台で何か食料を調達しなければ・・・と見ていると、なんとカレーの屋台があった。しかも店を出しているのは金沢市郊外にあるインド料理店「ルビーナ」。私は1年365日カレーでもOKという人間なので(注:インド風のさらっとしたカレーに限る)、即決で昼食はカレーに決定。朝イエスの「海洋地形学の物語」を聴きながらジョギングをしたせいで、カレーの神様の思し召しがあったのかも(何のこっちゃ全然わからないと思うので、「海洋地形学の物語」「カレー」でググってみそ)。
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注文すると、ナンを1枚ずつこのようなナン焼き器?で焼いてくれる。日本的カレーはご飯が合うが、365日食べても平気なのは、カレー&ナンのコンビだな、やっぱ。
小さなカップに入ったカレーと共に焼きたてのナンを受け取り、早速昼食。近くにはテントと机・椅子が設営されているが、河川敷のコンクリート上に座って食べている人たちもいる。この日は風がちょっと強いが快晴、テント下で食べるなんてアホちゃいますか?ということで、河川敷コンクリート上で川を見ながら食べることにした。ああ、なんたる幸せ。

幸せをかみしめてからは河川敷を後にし、金沢の繁華街へ。金沢の繁華街と言えば「片町・竪町」といったところだが、その途中にある新竪町商店街をぶらぶらした。この商店街は昔からの店の他に、ちょっとこじゃれた店がぽつぽつあるという、謎の地域である。
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商店街中程にある、ちくは寿し。テイクアウト・巻物専門の寿司屋である。噂では戦前からあるらしい。注文すると、その場で作ってくれるという、Japanese fastfood。制服姿の高校生やカップルがちょこちょこ立ち寄る姿が見られた。

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左は子供用のモカシンを売っている靴屋、KOKON。中はよく見えなかったが、実はオーダーメイドの靴を売っているらしい。サイトを見ると、今の私の財力で買えるのはワラビーくらいである。次回は客となって来たいものよ。
右はギャルリ・ノワイヨという店の店内。この店は古い家をそのまま使っているようだ。何の店かと問われれば、雑貨屋のカテゴリーに入るんだろうか? しかし置いてある陶芸その他の作品は、プロが作ったシックなものばかりなので、「雑貨」とは呼びたくない。最近はバザーに出品するようなレベルのものを作る人を、ネット上で「作家」なんて呼んだりする傾向があるが、やはりきちんとした「作家」の作る「作品」は素敵だ。

新竪町から竪町にはいると、とたんに人が多くなり、騒がしくなる。そろそろ帰り時だな、とバス停に向かったはいいが、バスがなかなか来ない。うーん走って帰ったろか、と思ったりしたが、さすがに朝10km&家から河川敷ぶらぶら3kmのあとだし、だいたいカメラ2台を背負って走れないわな(笑)


2006年09月17日

インヴェンションのさらい方

9月は予想以上に仕事が楽チン・来年度に向けた勉強もまだ始まったばかり・・・ということで、想定外の余裕の日々。
というわけで、またまたぽつぽつとピアノを弾いている。言うなれば「リハビリ」といったところだが(何回目のリハビリだよ、ったく)、いつもリハビリに使うのがJ.S.Bachの「2声のインヴェンション」。左手も右手と同じように動かす必要があるので、脳みその訓練にもいいんじゃないかと思っている。歳をとると、脳みその心配までしなければならないのだ(爆)
私は去年の6月にも、インヴェンションを弾いている話を書いているんだよね。全く進歩無しといったところか。

しかし毎回同じようなさらい方をしていてもつまらないので、今回は変わったことをやってみた。「のだめカンタービレ」で出ていた方法だが…
1. 全部の声部を歌えるようにする。
2. ソプラノを歌いながらアルトを弾く。ソプラノを弾きながらテナーを弾く。バスも同じように弾く。
3. アルトを歌いながらソプラノを弾く。テナー、バスも同じように弾く。
4. テナーを歌いながら・・・以下同じ。
インヴェンションは2声しかないので上声部ー下声部のみだし、メロディを覚えるなんざ楽勝よ、とやってみたのだが・・・
・・・難しいです。はい.。  ・・・できません。
特に上声部を歌いながら下声部を弾くのは、あっという間に撃沈。これが3声、4声と増えたら、ガクブルものである。

昔読んだ本に「同時通訳をやるということは、手でベートーヴェンのピアノソナタを弾きながら北海盆唄を歌うようなものだ」という一節があったが、口と手で違うことをやるというのは、何と難しいことだろう。「手で伴奏、口で歌」はできるものだが、バッハの音楽はそういうものではないのだ。
以前から楽器を弾きながら歌を歌ったり、コーラスをつけたりしているロックな皆さんをすごいと思っていたのだが、やっぱりすごいのだ。私の言う「ロックな皆さん」とはスティング、グレッグ・レイク、ジョン・ウェットンといった皆さんを指すのだが(なぜかベーシストばっかり)、まさかライヴではごまかしていないだろうなー、と自分ができないものだから他人まで疑惑の目で見たりしてしまう。

ともかく、今後の課題はインヴェンション15曲をすべてこの方法でさらい、きっちり弾けるようになること。そのうち忙しくなって、また中断するのは目に見えているんだけどね。他にもインヴェンションの効果的なさらい方をご存知の方、ぜひぜひ教えてくださいましm(__)m

2006年09月11日

またまた9・11

今日は9月11日。これが"September eleven"となると、特別な意味を持つ。日本では「同時多発テロ」というらしいが、私にはなんのこっちゃピンと来ない。
ちょうど5年前の今頃、何が起きたのか訳がわからなくて、TVに釘付けになって必死に英語のニュースを聞いていたんだっけ。窓の外ではPentagonからもうもうと煙が出ているし、メトロも店も全部閉まるし。いやはや。

昔の写真を見ていたら、こんなものが出てきたので大公開。

3月に私が住んでいたアパートから写した写真。Pentagonは中央?のぺったんこの建物。よくわからないと思うので、文字を入れますた。


10月31日のPentagon。持っていたデジカメで最大限ズームアップして写したので、画像は最悪。でもなんとなく破壊されて内部が見えるのがわかると思う。

飛行機が墜落(というか直撃)した直後にも写真を写したのだが、それはどこかへ行ってしまった。ちなみにその頃はズーム付のデジカメを持っていなかったので、イマイチ迫力に欠けた写真だった記憶がある。α-7000と300mmズームを持って行けばよかった、と思ったのは後の祭り。

5年経っていまだに立ち直れない人、後遺症に苦しむ人、「そんなこともあったっけ」の人(←私だ)とさまざまだろうが、あの場所に「Freedom tower」は無いだろうよ。しかも1,776フィートだってさ、ったく。

2006年09月09日

ジョギングdays

相変わらず走っています。いつになったら飽きることやら。
土曜日は「ゆっくり1時間半以上走る日」と決めてあるので(というか、私のジョギングマニュアル本のスケジュールの言う事を、ただまじめに守っているだけである)、朝からのたのたと走ってきた。
しかし今朝は、家のドアを開けた瞬間に「暑い・・・」。予想最高気温が32度だったのでウイークディより少し遅いくらいに起床し準備をしたが(VAAMゼリー飲んだぞ)、ちょっと走っただけで汗がダラダラ。日差しは強いし、熱風が吹いてくる・・・

家から1.3kmくらい走ると、河川敷に出る。

河川敷はきれいに整備されており、アップダウンが無いため、走るのにぴったりである。
今日はカメラを持っていないので(当たり前だ)、携帯の写真。色合いが気持ち悪いが、これでもいろいろ補正をしたのだから、許してやってちょ。


この川にはカモがたくさんいる。カモは小さめの子が多いような気がするが、ことし春に生まれた鳥達だろうか?
さすがに人間には寄ってこないが、河川敷に上がってまったりしていることが多い。それを眺める人間達も餌をやるわけでもなく、ただぼんやりとカモを眺める、というほのぼの風景が見られたりするが、朝は犬の散歩が多いので川に避難しているのカモ(笑)

今日は暑すぎた。1時間過ぎに挫折して、歩き出す。先週は1時間半走ったのになあ。まあ年寄りなんだし(爆)、無理をしてはいけない。

金沢は河岸段丘の上にできた街なので、旧市街はやたらと坂が多い。私の家から河川敷へも、ご多分に漏れず坂がある。というわけで、帰りは坂を上らなければならない。ヘロヘロになりながら坂を上ると、そこには金沢の街が一望できる小さな公園があった。今度はちゃんと一眼レフを持って、散歩に来なければ・・・

その公園から大通りへ出るまでは、こんな感じ。昔ながらの街並みである。

最後に家まであと500mくらいはよたよたと走ったが、とにかく暑くて参った。午後から車で出かけたが、道路脇にある「ただいまの気温」表示は36度。もう9月なんですけどねえ。

2006年09月05日

毛虫地獄

昨日の早朝のこと。朝早くから家のチャイムがピンポンピンポ~ンと鳴った。無視していると「すみませーん」との声。ドア越しに「何すか?」と応対すると、「これから殺虫剤の散布をしますので、ベランダの洗濯物を片付けてください」。一昨日も来たのだが、私は留守にしていたため(居留守ではなく、ほんまもんの留守である)、伝えられなかったとのことだ。

ベランダに出てみると、そこには某園芸会社のネームが入った大きな車が殺虫剤散布のスタンバイ状態である。そう、家の前の公園の桜の木がここ2,3日で壊滅状態になった、と私も感じたところだった。そしてその原因はアメリカシロヒトリという蛾の幼虫(毛虫)であり、今年はこの毛虫が金沢市中に大発生していることもローカルニュースで聞いていた。
事務所で「今朝うちに殺虫剤散布の車が来て・・・」という話をしていたのだが、そうこうしていると玄関から「おおっ!」という声が。なんと毛虫が事務所の玄関に入りこんできたのだ。うちの事務所には網戸が無い窓があるので(すごいだろ?)、蜂やハエ、トンボ(ギンヤンマ?)、先日はナメクジまで登場しているのだが、毛虫は初めてである。
なんとなく思い立って、事務所の隣のブドウ畑へ行ってみると・・・(虫嫌いの人は、拡大するべからず)
 
左は毛虫に食べられてボロボロになったブドウの葉(毛虫付)、真ん中はゼニゴケの上の毛虫(緑に毛虫の白が映えているわん)、右は土の上の毛虫。
別に毛虫は嫌いじゃないのだけど、このアメリカシロヒトリは全くかわいらしくない。夏の終わりにはセミを食べようとするカラスと、断末魔の叫びを上げるセミの声を聞いたものだが、超雑食性のカラスも毛虫は食べないのだろうか? 毛虫を食べるようになると、カラスの地位も向上すると思うんだけどなあ。どうですか?>向かいの公園のカラス達

2006年09月02日

美しい鹿の死

今夏は試験が終わってすぐに読んだのが「羊皮紙に眠る文字たち―スラヴ言語文化入門」だったせいもあり、スラヴものばかり読んで夏が終わった。
その中(といっても数冊しか読んでいない)で一番良かったのが、この「美しい鹿の死」という本。著者はチェコのオタ・パヴェルである。
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内容はオタ・パヴェルの個人的なアンソロジーであり、第二次世界大戦前から戦後にかけて、ユダヤ人である自分の父親(および家族)のことを綴った短編集である。
タイトルロールの「美しい鹿の死」は強制収容所に送られることになった自分の息子達に肉を食べさせたい一心で、見つかれば銃殺になるのを覚悟で鹿を撃ちに行く父親…という内容なのだが、淡々とした中にアイロニーや乾いたユーモアが漂い、楽しく?かつしみじみと読めてしまうのだ。これが日本人の筆だと「戦争に巻き込まれた、かわいそうな家族の物語」になるのじゃないかと思うのだが。このほかの作品も、「ユダヤの肝っ玉おやじ」的な父親像(しかし詰めの甘さに笑わされる)があちこちにさりげなく見られ、「作者の個人ネタ」が嫌いな私もあっさり読めてしまった。この辺の乾いた雰囲気は、チャペックに共通するものがあるんじゃないかという感じがする。
ロシアの作家であるセルゲイ・ドヴラートフの短編集も2冊ほど読んだが、こちらも作者の個人ネタが多く、ちょっとイマイチ。なんか冗長なんだよね、短編集なのに。パヴェルは文章もすばらしく、ピリッとして引き締まった文章が続く。しかし文章がすばらしいかどうかは、翻訳者の腕にもよるんだよなあ。

昔ちょこっと文芸翻訳をかじったことがあったが、そのとき得た結論は「文芸作品は原語で読んでなんぼ」であった。英語はともかく、他の言語は文芸作品を堪能するほどマスターできるわけが無いので、翻訳者に依存しているわけだが、それ故パヴェルの文章が気に入ったのは翻訳者が千野栄一氏だから?とつい穿った見方をしたりもする。
しかしネットサーフしていたら「オリジナル・テキストはチェコ語で読むと、大変味わい深い作品である。しかし日本語になると一気に読める代わりに、余韻みたいものが味わえない」というお言葉があった。日本語訳でも喜んで読んでいたのに、原語はもっと素敵な文章なのか。やはり死ぬまでにチェコ語を読めるようになって、クンデラとこの本とを味わいたいものよ。