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April 01, 2004

●回転ドア

30数回の事故が起こっていたのに対策を打てなかったビル管理会社側の問題は当然であるが、だからといって危険だ!と一方的に指摘する人々もいかがなものかと。だいたい世の中の便利なものはある程度のリスクとの見合いの上で存在しているのである。危険が存在するのでやめましょう。文句を言っている人は電車や自動車にも言いますか?特に自動車なんぞは個人の遊びで使用するなら全部廃止してくれと私は言いたいのだが、乗っている人はそうは言わんでしょう。遊園地で子供をジェットコースターに載せるときに最悪のことを考えていますか?あんな速度で動くものは通常以上のリスクを持つに決まっているのだ。感電すると危険だから電気無しで生活しますか?だいたい駅のホームで走っている子供とか見ると、事故が少ないほうが偶然なんだって。

今回の場合が少し異なると思われるのは、以下の事実を周知させていなかったことであろうか。
「回転ドアの危険度の認識が低かった」→「事故多発、注意せよ」と書いておけ。普通の道路でもあるじゃん。
「回転ドアはユーザへのメリットが無い」→だから一方的になじる。車や自分が便利に使うものはなじらないくせにね。→「回転ドアの省エネ効果でテナントの家賃が下がっておりますので、もし無い場合は3%高くなります」と書いておけ。自分のメリットしかみんな考えないんだから。

大衆なんてわがままなもんで、いくら危険でも自分にメリットがあればリスク見合いで受け入れているのである。回転ドアには自分に対するメリットがないとみんな感じているから、余計腹をたてているのではないのだろうか?そういう人々を見ると余計はハラが立つ。

もちろん一番の馬鹿さ加減は30数回の事故が起こっていたのに対策を打てなかったビル管理会社側ということは前提においての話であるのだが、狂牛病も含めて、なんでもかんでも他人(含む国家)が守ってくれるという幻想はやめようよ。しかも自分にとって無料で。その責任が周囲にあると思っている限りお子ちゃまなんだってばさ。阪神大震災レベルの天災にせよ、テロにせよ、生まれた時代にせよ、誰かの不注意による事故にせよ、自分の最大限の努力を超えたところで発生する事故は何時だって起こり得るわけで、それを減らすべく個人が努力することは大切なことであるのだが、それを超えてやはり起こりえるのだという心構えは必要なのであろう。

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