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November 01, 2004

●セバスチャン・ナイトの真実の生涯

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ナボコフの「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」を読み始めたら、全然頭に入らなくてムロージェクの「所長」とかを先に読んでしまい、挙句には「アレキサンドリア四重奏」にまで踏み込んだんですが、セバスチャン・ナイトの著作のあたりから急に面白くなったので良かった。

読後いろいろとその後他の人の感想を見たのですが、どうも違うような気がする。だいたいナボコフだし、1人称だし、題名の「真実の」からして疑わしいじゃないすか。最初から、 V である「ぼく」のストーカーなみの溺愛ぶりをみると、書いてあることになんか全然信頼をおけない。「ロリータ」や「青白い炎」のキンボートと同じ形だよなあ、と思う。なのに、「ぼく」の探索結果をみて「真実のセバスチャン・ナイトを・・・」とか紹介しているサイトはちょっとどうかと思っちゃうぞ。

だいたい前述の2作と同様に、所詮思い込みなのであって、しかし思い込みの上に妄想を重ねて壮大な世界を構築していくと、それが芸術になっちまうというおもしろさじゃないかと思うのだ。それがゼンブラであるか、幼女であるか、文豪であるか(あるいはアーダランドであるか)は人それぞれなのだ。つまりこの「真実の生涯」は「ぼく」の中に存在する「真実の生涯」なのだ。じゃあ、つまらないのかというと、そういう仕組み(あるいはルール)がわかってくるとめちゃくちゃ面白いのだ。ナイトの諸作の梗概も「ぼく」が要約したものだし、「ぼく」の中で熟成した世界なんだと思われ。でも、その梗概がまた別の意味で面白い。

プリズムの刃先

もうヴァン・ダインやクリスティーやカーをパロディ化していて腹を抱えて笑った。ということは前のほうに出てくる原題案の「雄の駒鳥が打ち返す」の訳は「雄の駒鳥が撃ち返す」じゃないとだめだな。「僧正帝国の逆襲」。ここでちょっと変だなとは思ったんですよね。しかし探偵小説をポストモダン化して脱構築するとこうなる感じですかね。これ読むとオースターなんか今頃「幽霊たち」とか今頃書いていてもだめですね。1939年って本格の黄金時代だもんね。

成功

なんていうか視点を相対性理論の世界線においてみているようで面白い。というかこの書き方や視点は「透明な対象」の扱いと同じだよなあ、と一人納得する。だいたいこの本の出だしのナイトの生まれた日というだけで、ぜーんぜん関係ないロシアの貴婦人の名前の押韻に話が行っちまうこと自体それを象徴している気がする。あ、丸いのは1899年という数字の丸さにもきているのだというのには賛成。この「成功」の話に戻ると、構成というか小説構築の視点がリチャード・パワーズの「舞踏会に向かう三人の農夫」に似ているような気がする。

滑稽な山/黒衣のアルビノス/月の裏側

これは全体がわからない。ジョナサン・キャロル系統かな(これはめちゃくちゃ)。

失われた財産

この作品は位置付けもわからない。タイトルから行くとディケンズのパロディじゃろか?

疑わしい不死の花

これってその後カルペンティエールの「ハープと影」やフエンテスの「アルテミオ・クルスの死」の設定に近いよね。元々は意識の流れだからプルーストのパロディなのかな。意識の流れを追っていってどんどん衰弱して消えるなんて筒井康隆みたいだ。

で、その後謎の女性ニーナの探索になるのだが、「ぼく」のもてあそばれ方とどんくささがたまらん。また、最後の時を一緒に過ごすことができた、と勝手に崇高なまでに盛り上がっておきながら、別人と間違っていたというあたりが、この小説の仕組みを露骨に示していますね。でも「ぼく」のどんくささも、ごまかし具合も、ナイトへの盲目的な崇拝も、壮大な仮説から妄想の積み重ねも、みんな素敵だよ。

「ぼくはセバスチャンなのだ。あるいは、セバスチャンがぼくなのだ。あるいは、おそらくぼくたち二人は、ぼくたちも知らない何者かなのだろう。」で、最後のこの文章がすべての解答を投げ出していて、また心にくい。あるサイトでは何者=この本とか書かれていたけど、やっぱり筆者であるナボコフでしょう。だって、ナボコフはこの二人を良く知っているけど、この二人はナボコフ知らないよね、という最後のほんの1行でメタフィクション1行落ちを食らわして華麗に終わるのであった。で、これに対抗するには、私の作家別の日々是読書録の本棚にセバスチャン・ナイトを載せることで報いてやろうと思う。まだナ行少ないからナボコフと並んでるぞ。

アウリス・サリネン(1935-, フィンランド)の曲に「セバスチャン・ナイトのための哀歌」というのがあるようですが、関係あるのかしらん。今度聴いてみるべ。

コメント

 「アレキサンドリア四重奏」は文庫を待ってるんですが、なおきさんは文庫以外で読まれたんですか?これ読みたいと思ってるけど、なんだか難しそうだなあ…。ナボコフの「セバスチャン…」も頭使いそうですね。私でも大丈夫かな。ナボコフは「ディフェンス」しか読んでないですが、これは面白かったです。なおきさんは読まれましたか?

もう文庫出たんですか?私は1990年の国際ブックフェアで復刊された時の4冊を購入したまま積んでありました。「ジュスティーヌ」、ナボコフ読んだ後だと描写とかけっこうだるいんで、イーガンのSFとか読みながらになっています。

「セバスチャン」別に普通に読んでも面白いですよ。「ディフェンス」は積んだままでまだ読んでません。もう少ししたら・・・読めるかな?

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