« メリアの平原に立ちて | メイン | チェシャ猫風パルティータ »

January 04, 2006

●神様ゲーム

book-maya-03.jpg「このミス2006」で良い感じだったので麻耶雄嵩の「神様ゲーム」を買おうと思ったのだが12月はけっこう品切れ、年末にやっと購入できました。造本が立派なこともあるんだけど、ちょっと高いかなーという気もする。で、内容はというと、いつもの麻耶雄嵩どおりダーク、というかひさびさに「夏と冬の奏鳴曲」以来の虚無感とでもいいましょうか、子供相手にやっていいのか?という感じです。推薦は・・・しにくいんだけど、個人の感想なので★4つということで。しかし年明けからこの本では暗い一年になりそうじゃのう。

さて、子供向けという皮を被った狼みたいな本でございますが、紹介では、こんな感じ。『小学4年生の芳雄の住む神降市で、連続して残酷で意味ありげな猫殺害事件が発生。芳雄は同級生と結成した探偵団で犯人捜しをはじめることにした。そんな時、転校してきたばかりのクラスメイト鈴木君に、「ぼくは神様なんだ。猫殺しの犯人も知っているよ。」と明かされる。大嘘つき?それとも何かのゲーム?数日後、芳雄たちは探偵団の本部として使っていた古い屋敷で死体を発見する。猫殺し犯がついに殺人を?芳雄は「神様」に真実を教えてほしいと頼むのだが……。』

で、他の推理小説と異なるところは、この本では「神」による犯人の特定が推論や仮定に先立つわけで、そんな中で推理小説として成立するためには誰が犯人か?もあるのですが、何が起こっているのか?と芳雄の心理に焦点があるわけです。その中で、芳雄の虚無感というか諦念といったら、「夏と冬の奏鳴曲」の烏有くん以来かなあとか。「蛍」とか推理小説としてはできがよくても、こういう諦念的なものではなかったですなあ。考えてみると烏有くんは虚無感と諦念の塊なんだから探偵にはなれないよなあ。

また考えてみると、犯人は勝手に神様が教えてくれるのですが、その背後にある内容に関しては我々がもんもんとするしかなく、神の結論の絶対性に対してはいくらうまく推論できても一種の曖昧感をぬぐうことはできず、その非決定性と読者に開かれた終末こそが「夏と冬の奏鳴曲」と類似する点であるといえよう。あの中ではメルカトル鮎が神の役であり、烏有くんが芳雄役であるが。ただ「夏と冬の奏鳴曲」が結論の非決定性と開かれた結末をストレートに出しちゃっているので賛否両論でしたけど、今回は「神」を用いることでけっこううまく中にまとめちゃったかな。うまくなったもんだな。まあ毎回これをやられても読むほうもつらいんで、久々にきたーという感じでございました。

コメントする