●石の幻影、柔らかい月
イタリアの音楽をいじっているのだから、イタリアの文学も読もう、ということである。しかし全分野は無理なので、趣味的にはどうしても幻想文学のほうへよろよろと傾いているのです。で、積んである本の中からディーノ・ブッツァーティ(Dino Buzzati, 1906-1972)の短編集である「石の幻影」を読了。
ブッツァーティは短編の作品が多く、短編集としては「待っていたのは」「階段の恐怖」「7人の使者」など、長編では「タタール人の砂漠」があります。北村薫編の「謎のギャラリー―こわい部屋」(新潮文庫)にも、短編の「7階」「待っていたのは」が入っているようなので、まずそれなりに評価はされているかと。ブッツァーティの作品はなにせ不安定、かつひっそりとした怪しさ不条理さ、寓話的な感覚がたまらーんということであります。SF的な設定の作品もあるが、そのアイディアや表現の奥に持つものは人間の不条理だったり世界の不条理だったりするわけで、単なるSFではないと思うてくださいまし。
「石の幻影」は中篇の表題作と、いくつかの短編がはいっています。「石の幻影」は不安な出だしからSF的な展開になるが、終わりのほうのねじれ方が良い。うーん、内容を書かずには説明し難いですなあ。世界の中心でアイをさけぶ、というのはこういうことなんだと、某小説に説教したくなるような作品です。あと、短編では「海獣コロンブレ」の寓話的な物語もほろ苦く、「1980年の教訓」は今すぐ実行しろと笑ってしまう内容。翻訳に2、3箇所疑問な部分もあるが全体的には読みやすいと思います。もっとも、もともとの文体が簡素なのだろうとは思うのですが。
ブッツァーティの他の作品では、「7階」という作品が有名で、ある7階建ての病院に軽い病気で入院したところ、噂で重病患者ほど下の階であると聞かされた主人公に対して、トラブルや誤解で6階へ、5階へベッドを移らされていき、、、というお話。ブラックでシュールな展開がCool!です。
この際なので、イタロ・カルヴィーノ(Itaro Calvino)の「柔らかい月」(河出書房新社)から文庫で復刊されたので書いておきます。私が15年前からほしいーと望んでいて、すでに欲しがっていることも忘れかけた頃に復刊されました。当時は「レ・コスミコミケ」と「柔らかい月」が早川SF文庫から出ていたのですが、「レ・コスミコミケ」は入手できても「柔らかい月」が入手できず、涙をのんだものじゃった(Qfwfq風に)。これらは両方とも短編集ですが、科学的な題材を元に、宇宙の創生当時から生きているQfwfqじいさん(発音不能)が、「そうじゃ、そういえば宇宙がまだ柔らかかった頃・・・」とか語り(騙り)だす、奇想天外な物語集です。できれば「コスミコミケ」から読んでもらいたいが、今はこちらが入手不可能ですね。文庫本としては少々高価で900円弱もしますが、あなた、15年間待つことから考えれば、なんの問題もありませんのですぐ買ってください。
ついでに河出書房新社からはカルヴィーノの「マルコ・ポーロの見えない都市」「宿命の交わる城」も文庫で復刊されている(あるいは予定)ようです。これらも、もう見たら即座に「買い」です。「マルコ・ポーロの見えない都市」はフビライ・カーンの要望に従って、マルコ・ポーロが今までめぐってきた都市を説明するのですが、その都市がまた奇想天外・寓話的でして、語る事の騙り性を見事に表現しています。知的で静的でそれでいておもしろい。「宿命の交わる城」では、森の中に迷い込んだ「私」はある城にたどり着くと、そこにはさまざまな旅人が食卓を囲んでいて、彼らは声を出すことが出来なくなっていた。旅人が言葉も無く並べ始めたタロットのカードを「私」はその物語を解読していくという小説です。面白いところは、小説が始まる前にタロットカードの縦横に(表のように)並んだものが提示されていて、複数の人間が縦横に沿って並べていくものが物語として浮かび上がるあたり、その形式性と物語のうまさはカルヴィーノならではでしょう。私はハードカバーで持っているのですが、文庫本も買っておこうかな。
カルヴィーノはイタリアの、というにとどまらず最高に知的でしかもおもしろい、現代文学のひとつの極点みたいな作家です。音楽でいうと、ラヴェルのような職人性と音楽性を感じます。顔つきも似ているような。その度ごとにカメレオンのように作風を変えながら、作品を作りました。「まっぷたつの子爵」「不在の騎士」といった童話、説話に近い設定から、ロマチック・メタフィクションの「冬の夜一人の旅人が」、孤高の知性への旅である「パロマー」など、どれもが最高に作りこまれたゲイジュツ品です。
この手の本は品切れ=絶版です。もし入手できなくなると次にいつ手に入れられるかはわかりませんので、少しでも興味があれば、購入して「積んでおく」ことが重要です(もちろん即座に読むのが一番ですが)。私も、まだ読んでいないけどいつかは読むだろう、ここで買っておかなくては品切れ間違いなしという本がいろいろ本棚で眠っています。今入手しようとしても、リョサの「世界終末戦争」やカルペンティエールの「ハープと影」(これはおもしろかった)なんぞは古書店で1万円近い値段がついているものもありますし、入手できないものも多いようです。その種の文庫で有名なのはやはりサンリオ文庫でしょうか?