●Xのアーチ
スティーブ・エリクソンは米国の現在最高の幻視小説家です。今ごろ「Xのアーチ」をなんとか読み終わりました。陰陽師や京極夏彦の小説にあるように言葉が呪(まじない)であるとするなら、スティーブ・エリクソンの小説は最初から最後まで呪であるといえましょう。
スティーブ・エリクソンの小説は登場人物に呪をかけるばかりでなく、読み手に呪をかけます。これはマジックレアリズムではあるのですが、少々趣が異なります。もし呪にかからなけば、とても最後まで読みつづけることは不可能でしょう。「Xのアーチ」は今まで2度ほど読みかけて挫折していました。今回よくわかったのは、最初の灰が降るところ(2~3ページ目)で読み手にまで呪にかかるかどうかが、その後読みつづけられるかの分かれ目のようです。
物語は、トマス・ジェファーソンと黒人の愛人サリー・ヘミングスの愛と自由への選択が歴史を引き裂き、時空の中に愛と自由の可能性、不可能性を産み出していきます。愛を選択することと自由を選択することが両立しない中で、果たして人間の意志が歴史を作っていくのか、あるいは歴史が人間を作るのか、革命前後のパリ、時空不明の永劫都市、壁崩壊後の崩壊したベルリン、地殻変動後のLAで愛に叫びつづける人々を巻き込んで、千年紀の終わりの歴史の記憶が作り出す空白の時空Xへとなだれ込んでいきます(1993年の作品です)。
小説自体は、エリクソンの前の作品と類似している部分もあり、総決算的な意味があります。小説という形式も、だんだんと失われていく表現形式かもしれませんが、このような小説を読むと、やはり偉大な形式だったのだと思わざるを得ません。ただし、現代日本の作品ではそのようなものはあまり見当たらないのですが。。。