●名探偵木更津悠也
麻耶雄嵩の新刊の「名探偵木更津悠也」を読んだ。最初からひどい(これは誉め言葉です、ものすごく気に入っています)。カバーの裏から香月実朝の名探偵木更津悠也をたたえる言葉なのである。どこが破壊的かというと・・・「翼ある闇」から読んでいる必要があるのだが。以下少々ネタばれっぽいのを含みます。
普通に読めば名探偵+ワトソン物なのだが、ここでは名探偵とワトソンを区分するのは名推理と犯人当てなのか?という問題がある。そう、実は違うのだ。高木彬光氏の『人形はなぜ殺される』などにあるように、名探偵より早く(いろいろな理由で)犯人がわかり、犯人と交渉しようとして逆に殺されるとかいうキャラクタはよくあるのだが、それは名探偵にはなりえない。そこで推理力のみならず小説の主人公としての「名探偵」とはいかにあらねばならないかが底辺の主題となっている中編集といえる。麻耶雄嵩のひどいところは、木更津も香月もそれを確信犯的に行っているところである。
すべてにおいてワトソン役の香月実朝のほうが真相に速くたどり着いているのであるが、名探偵であるためには正義に対するモラル、かっこよさ、責任感、職務へのモラルを持たねばならないのであり、それをして茶化しながらも「名探偵への愛」をもつ香月実朝はやはりそのひねくれ方は相当双子の兄?に似ていると言わなければならない。もっともそれを心底知るには、やはり「翼ある闇」から読むことが必要なのだろう。
ただ、そのような話ばかりかというと、推理中篇としては相当粒がそろっているように思う。今まで麻耶雄嵩が中篇でこれだけ書けるとは思っていませんでした。最近は推理中篇では法月綸太郎が最高だと思っていましたが、並んですばらしいと思います。実は麻耶雄嵩は短編集の「メルカトルと美袋のための殺人」が、ひとつの最高だと思っていたので、不意をつかれました。
ついでにいうと有栖川有栖も「絶叫城殺人事件」も読みつつあるのだが、こちらは短編集ということもあり内容が薄いのと、どうも他の作品をとっても小道具の設定がださくて雰囲気を作り出すのに失敗しているような気がする。クラシック音楽やその他の小物でも、一番ださいものばかり並べられるので当方にはうんざり、とても登場人物の趣味が良いとは思えなくなるのだ。いやその様に書こうとしているのならわかるのだがディレッタントなふうだし。トリックは良いのでもう少しなんとかならないものか。
しかし、私は麻耶雄嵩に弱い。トリックそのものは陳腐な時があってもその投げ出し方が好きである。冷たさも好きである。裏に秘めたまま放り出し方がすきである。というわけで、だいたい新刊は何も考えず購入。