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August 25, 2004

●ウィンターズ・ティル(下)

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私の100kmマラソンみたいなもんでした。へろへろになりながら、なんとか読了です。ふぃー。しかし、「鎮魂歌」の不満で発火した私のファンタジー魂は、クロウリーの「ナイチンゲールは夜に歌う」でさらに燃え上がり、その火は「ウィンターズ・テイル」で物語内のNYに引火し、都市の破壊と再生の元に見事に鎮火したのであった。あー疲れた。いやしかし現代まれに見る物語性ですね。

さて物語は現代のNY、新千年紀を前にしているので1999年(あるいは2000年)頃でしょうか?雲の壁から現代に振り落とされ記憶をなくしているピーター・レイクはNYをさまよいます。一方NYでは不思議な大きな船が港にあり、ジャクソン・ミードは光に輝く橋をかけようとしています。人間と機械とそしてすべての条件が整えば、都市は正義の都市となり雲の壁によって空中へと浮かび上がり黄金に輝くのです。久々に厳しい冬に襲われた千年紀末の NY は、果たして条件を満たして正義の都市となるのでしょうか?そしてピーター・レイクの役割は?

と、紹介文というかあおり文句を書きましたが、それだけの価値はあります。残念なのは NY とかいったことないんで、グランドステーション駅の隠れ家とかイメージできないのが悲しいでごんス。個々の生と死をはるかに超えて、あるいはそれらが作り上げる都市という生命体の進化とみることもできるんだけど、一通りの考え方にするのがもったいない世界でございました。しかも現実的に911のテロのイメージが重なりますが、現実の NY は黄金の正義の都市になったのでしょうか?東京には「帝都物語」あるよね。ちと物語構造と語りがチープかもしれませんけど。

ジャクソン・ミードの人造の橋は失敗するわけですが、それでも都市は死と再生によって、ほんの一瞬かもしれませんが、黄金の正義の都市へとなります。アビィの死と再生もその象徴と言えるかもしれません。また、黄金として輝くにはパーリーのような悪も必要であること(それがないと白か乳白色になってしまう)を考えると、単に人間的な意味での正義でないことは明らかです。

光の橋によって次の世界へ移っていくイメージは「ダヤン・ゆりの花陰に」にも通じるものを感じますが、ここでの表現の前向きさは目を見張るものがあります。また多くの人の人生、生と死は、また異なる次元での大きな流れの中で存在していることを感じさせます。ある意味あまりにも理想的、楽観的な小説かもしれませんが、このような小説が生まれる限り、まだまだ小説には希望があると思います。作者も楽観的なのか、あるいは未来に、人間に絶望的に思いながらも、小説に託しているのかは私にはよくわかりませんが。。。。

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