« 祈りの海 | メイン | 阪急古書のまち »

November 16, 2004

●すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた

book-tiptree-01.jpg

ジェイムズ・ティプトリー・Jr の「すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた」が出ていたので、イーガン不満の勢いで読んでしまった。ジェイムズ・ティプトリー・Jr ってハードな SF っぽいイメージが強かったんだけど、ハヤカワFT文庫からでています。でも私にはこういう作品のほうがおさまりが良い。これはいいですね。ティプトリー版ラテン・アメリカ幻想文学みたい。ほとんどフエンテスの初期短篇だよ。SFの要素もあるといえばあるのだが、SFとはいえないから未訳だったのかな。もったいないですねえ。今回はとても満喫しました。

ただ、Webの書評などではSFファンからは圧倒的に評価が低い気がする。まあSFじゃないし。しょうがねえなあ。

物語は、キンタナ・ローの海辺で主人公が聞いた話が元になっているのですが、これがいい。主人公が完全に聞き手なのだが、ほとんどマヤ版稗田礼二郎のフィールドノートです。年寄りだし、グリンゴと呼ばれる異邦者、境界にいる人のイメージが強く伝わります。これほど異界と現世界のハザマに立つべき人はいないのでしょう。グリンゴっていうとフエンテスの「老いぼれグリンゴ」を思い出すんですが、そのニュアンスを我々が心底わかるのは難しいですね。

日本のタイトルが「すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた」というのも素敵だ。英語タイトルは「TALES OF THE QUINTANA ROO」なんだけど、日本語のその長さに味があって良いと思う。すべてはまぼろしなのだし、また語り手も半分幻に踏み込んでいるみたいなもんだなあ。どの短篇も好きだし、書き方では環境破壊に対する・・・みたいに読めるんだけど、もっと大きな「海」という異界をそのまま受け取ったほうが良いように思う。ティプトリー・Jr は、しかし厳しいね。物語としては結構定型の内容なんだけど、設定や構成がうまいのと、その対象を見る厳しさの究極になぜかふと詩情を見てしまうのがティプトリー・Jr なんだなと思う。若い頃に読んでいても本当にわかっていたのか怪しいもんだ。

【注意】この先ネタバレまくります。絶対本書を読んでからのほうが良いです。

リリオスの浜に流れついたもの

蛭子、夷などを思い出しますわな。稗田ノートでも海からの漂流物は怖いんですよね。ただ、出会いのときの描写が美しいね。また、理性ではそうとわかっていながら、自分の運命も知りながら、もう一度あわなくては済まない心意気がはかないのう。小説の中でのメイプルシロップの使い方が好き。最後の「海」の名詞の話も余韻が残っていいなあ。

水上スキーで永遠をめざした若者

水上スキーで達成するところがおもしろいね。ダイバーズウォッチの使い方に笑った。彼を彼の世界へ届けたのは「海」なのだろうか?最初から時代を間違えて生まれてきたのかな。「時との戦い」のティプトリー版みたいだ。

デッド・リーフの彼方

いやあおぞましいですねえ。「女」も怖いけど、追っかけていったときの「魚」がどんなすごさなのかイメージできなくて怖い。ブイの胸が外れるあたりうっひゃあですね。一体どんな顔だったのか。。。環境汚染への反対として単純に読めるけど、個人的には単純な自然の反乱よりももっとぼんやりとした悪意というか存在に読みたい。これも「海」の一形態なのかな。

コメントする