●七人の使者
帰省中、金沢の書店にもいったのだが、まともな文学の本はほとんどない。小松のブックオフで初めてナボコフのハードカバーに出会ったのはなんとも悲しいような。品揃えでは一番がネットで二番がブックオフというのはちょっとどうかと思う。
さて、「アレキサンドリア」が長いので並列に読むには短編集が良いのだ。というわけで、ディーノ・ブッツァーティの「七人の使者」を読んだ。確か去年も今ごろ(もう少し前か)ブッツァーティを読んでいたような気がする。もっとも秋に似合うっていうわけでもないんだけど。
以前にこの短編集の七階あたりまでよんで放置プレイ中だったらしい。が、その時はこんなに重い感じだとは思わなかったです。あんまり寓意的かつ安易な比喩的にはとらないほうがよいのかもしれないけど、「それでも戸をたたく」とか「マント」とか時代背景も深く影響しているんだなあと思った。
ブッツァーティは幻想味が強いけど、コルタサルほどきれのよい感じではなく、またカフカほどの奥行きも感じないし、カルヴィーノみたいな軽さもないのだが、虚無から一、二歩離れた位置から眺めているような感覚はけっこう好きだ。中では「大護送隊襲撃」「それでも戸を叩く」「神を見た犬」あたりが好きだが、これらが好きだといえる人間を好きになる自信はない。。。
以下もちろんネタバレあります。
七人の使者
数学的にはそうかなと思うけど、そこが問題の本質ではないと思うので計算はしません。目標は何かということを考えさせられるなあ。安定と不安定の間の人生の位置付けは各人それぞれだから各人によって評価も変わるのだと思う。
大護送隊襲撃
前に読んだときは、あんまりわかってなかったんだけど、今回読んだら胸に来た。じーんときた。プラネッタがすっきりとさっぱりと護送隊に向かうあたりが良い。また、みんなが現れるのが素敵過ぎる。若者に馬を譲るのもこれまた良い。ヘルプリンの「ウィンターズ・テイル」の正義の都市の話を思い出した。
七階
前に読んでいたので流し読み。けっこう代表作なのかなとも思うけど、単にオチまでわかりやすいだけなのかな、という気もする。今の個人的なこのみでは「大護送隊襲撃」のほうが好きだ。
それでも戸を叩く
最初よくわからずにゴシックミステリかなと思っていたんだけど、なんか相当ファシズムや世相と民衆が寓話的に表象されている気がする。ただ、小説自体が時代遅れにならないのは、その表象が、例えば現在の日本政府の増税等の問題と民衆について、あるいはブッシュとアメリカ国民におきかえても成り立つことだろう。まあ日本政府にしてもブッシュにしてもそちらの話になると途端に下世話で低レベルな話になるんだけど。
解説には「待つ」ことの不安、みたいなことが書いてあったけど、見えない、けど確かにある不安感なんかがうまいと思った。でも他の作品に比べるとマリン・グロン夫人へのいらだちや怒りのような筆致がかんじられて、私はこのあたりで愚民や状況への怒りを感じてしまうのです。IMEで変換したら最初に愚論夫人と出たのはなかなかのものであった。
マント
これも戦争がけっこう影を落としてますね。話は最初から大体想像できたので、マントを開くとどんなスプラッタが・・・と考えてしまった。
竜退治
いやあ、煙の話はまあよくあるとして、竜のようなものがえんえんと死のうとせずに生き続ける姿と、それを攻撃するジェロル伯爵と、限度を超えてうんざりしてしまう周囲の人間の対比が面白いと思った。
Lで始まるもの
これも大体鈴のあたりでおちはわかったんだけど、メリトの態度が主眼ですよね。観察者の立場から一転して当事者になってしまう恐怖は「山崩れ」もそのパターンかな。最後の追い討ちのかけ方がブッツァーティの本質だと思う。
水滴
寓意はない、ないのだ。というあたりが好き。ただただ夜中に水滴が上がってくる姿とそれにおびえる人々の不安をイメージできるもののみが楽しめる短篇なのだ。理由は「ない」。
神を見た犬
最後がなかなか効いているなあ、こうきましたかって感じ。最初読み始めたときはなんで犬がタイトルなんじゃろと思いましたが、しっかり犬が主人公でしたね。その後の犬をどう見るのかいろいろありそうだけど、ぼくは完全に関係なかったほうが街の人々への救いがなくてよいように思う。宗教ってなんだろう、とまじめに考えちゃいます。
なにかが起こった
うひゃー、ですね。これも最初観察者の位置から突如当事者になってしまう恐怖がすごい。最後は加速していく感じがよいですね。内容はもう筒井康隆みたいなもんですけど、それよりはちょっと上品かも。-ioneってなんなんだろう。
山崩れ
これも迷走パターンから当事者パターンですが、人はそれぞれ自分の山崩れを持っているのだと思うあたりがすごくて笑える。
円盤が舞い下りた
ブッツァーティって本当に宗教を理性的にみてますね。ブラシ宇宙人が想像つかず。
道路開通式
もうここまでくるとパターンわかっちゃううんですけど、伯爵の意思がすてきだ。逃げちゃった設計者も笑うけど。
急行列車
これも人生のアナロジーではありますが、ちょっとほろ苦い感じ。それでも急行に乗るのか、降りてしまうのか結局自分で決めるしかないんだろうなあ。。。
聖者たち
笑った。ブッツァーティの宗教に対する距離感が好きだ。列聖すること事の意味を考えちゃいますね。ちょっと「めくるめく世界」を思い出した。聖者の中にはなりたくなかった人も多くいるのかなあ。本当の聖者ほどそうなりたくないんだろうと思う。
自動車のペスト
最後はなんか哀しいですね。唐突に「私」がでてくるので驚きました。ちょっと軽いけど、自動車のペストの描写がおもしろい。