●彷徨う日々
スティーブ・エリクソンの「アムニジアスコープ」の邦訳が出たので、2,3度挫折していた「彷徨う日々」を読んだ。やはりエリクソンは後期ロマン派で半分無調みたいな濃厚さである。ただ、最近復刊された「黒い時計の旅」や「Xのアーチ」に比較すると、処女作ということもあるのか普通の小説のように思えてしまうぞ。作品としては「黒い時計の旅」や「Xのアーチ」のほうがエリクソンらしいし、それに振り回されてしまった私には少々くいたりない部分もあるかもしれないけど、そういう書き方になれない人には「彷徨う日々」から読むほうが良いかもしれない。
もちろんこの作品からすでに登場人物の関係は読んでいかないとわからない。誰が主人公かというと普通に見るとローレンになるんだけど、本当はアドルフ・サールとジャンニーヌのねじれた愛が後の世界にいろいろと作用している、あるいは増幅され変容されて現れるから彼らそれぞれの「愛」が主人公なのではなかろうか?もちろんここでの「愛」は世界の中心で叫ぶようなものではなく(みんな叫んでいますけどね)、マルケスの「愛その他の悪霊について」にでてくる悪霊としての愛と言ってもよいかもしれない。
時空的にはアドルフ・サールとジャンニーヌの時代と映画「マラーの死」の物語とミシェルとローレン(とジェイソン)の物語がビリーら強い老水夫やウィンドゥという土地、映画「マラーの死」、双子、吃音というイメージによって四次元的につなぎ合わされるんだけど、後のエリクソンの小説になれた身からすると、まだ普通の小説のようにみえるので、ちょっと物足りんぞ。もっともこのねっとりとくる情念の世界はエリクソンだーという感じなんだけど。また個々のイメージや小物もちょっと類型化されている気がする。それでもエリクソンを読んだことのない人にはきっと相当衝撃的だろうなあ。もちろん好き嫌いがわかれそうなのは当然のこととして。
そういう意味で、もうすれからしのエリクソンファンにはちょっと普通(もちろんおもしろいし感動的)だけど、エリクソンを知らない人にはこのあたりから入るのも良いかもしれないと思ったりして。もちろん「黒い時計の旅」で最初からどっひゃーというのもありなんだけど、ある程度マジックリアリズム系に読みなれていないと好き嫌いが分かれそうだしついていけない人も多そう。。。。でもまあ無理やりついて行く必要もないわけで、いつかまた読み手としてのレベルにしたがって読まれれば良いのかもしれない。
そういうわけで個人的な評価としては、「黒い時計の旅」や「Xのアーチ」よりはちょっと下に「ルビコンビーチ」があって、そのちょっと下あたりでしょうか。アイデンティティの問題とかいうのはこういう本のレベルで行ってもらいたいと思われ。さて「アムニジアスコープ」はどうなんじゃろ。