●ナイン・テイラーズ
ドロシー L. セイヤーズは「誰の死体?」以来でございまして、1作目から9作目に飛ぶのもどうかとは思ったんだけど、ピーター卿うざそうだから、一気に9作目にいきました。「ナイン・テイラーズ」はしかしおもしろい。鐘ですよ鐘。ラフマニノフの「鐘」でも聴きながら、と思っているうちに聴くこともなくだらだらと時間がかかってしまったです。
なんつうかうざいんだけど、9作目まできたせいかどうか、ピーター卿よりすごい人々続出で、ピーター卿が出張ってないように見えるのが笑える。特に鳴鐘法キチの牧師さん最高です。脳みそ腐ってます。村の人もみんないい味だしてます。その結果、推理小説という枠を超えて、なんだか宿命とか運命とかを感じてしまいます。最後がすごすぎる。
本来なら浅羽莢子さん追悼で東京創元社版を読むべきであるような気もするけれど、ごめん本の後ろの鳴鐘法の説明に負けて集英社となっちまいました。 これは推理小説というより英国の田舎の運命と正義の物語です。
最初の作品の「誰の死体?」ではピーター卿うざい!だったんだけど、9作目にもなると周りの人間のほうが個性的で、ピーター卿もたじたじという感じがよいですな。特に鐘マニアの牧師さんはすごすぎる。それをささえる夫人もすごすぎる。
特に鳴鐘法がおもしろい。もう完全に数学、数列の世界なんですが、これを延々と鳴らして演奏にしちゃう英国人っておもしろいね。クリケットの不合理性に通じるマニアな世界を感じます。東京創元社版では鳴鐘法の用語集が載っているんですが、数列的な操作に関しては集英社版の後の資料のほうが面白いと思う。
しかし鐘ばかりでなく、田舎の生活、水路・水門、宗教的な精神、正義とは何かを含め、単なる推理小説の枠を超えて、味わい深い世界を感じちゃいます。田舎のおばちゃんの粛々と正義をなすべきという「正義感」がよい。そういう正義感は思想の結果としてではなく、宗教に紐ついていたり、武士道などのような精神論というより生活観にひもづいていたりいろいろなんだろうけど、昔は日本にももう少しあったんだろうなあ。正義はなされなくてはならないという登場人物の意識が通奏低音(というかテイラー・ポールか)のようにあって、それが作品全体をしまったものにしている気がする。最後の水との対比もよいね。殺人事件の構成としては1作目に近いものも感じるんだけど、いろいろなあわせ技がずいぶんうまくなってるなあという感じがする。
作品としては長くて途中まではずいぶんかかったし転座も間違えそうになったんだけど転調してからは楽しかったし、最後終わるのがもったいなかった。また最後は本当に基本鐘に戻ってきた感じだ。ピーター卿もクイーンの中期以降のように精神的に参っていたけど、クリスティといいセイヤーズといいイギリスのおばあちゃんの「正義をなさねばならぬ」は強い!そしてそれが美しい。